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RESTUDY

卒業生の声 K.Kさん


学んだことを実地に応用し行動するためには、法的知識の裏付けとなる資格が必要であると思うようになり、明確に法曹の道を目指そうと思うようになりました。

K.Kさん

入学:2021年4月(3年次編入学)
卒業:2026年3月
就学時:40歳代
職業:教職員
居住エリア:東北地方
(2026年5月掲載)

中大通教で学ぼうと思ったきっかけを教えてください。

 教員として勤務しています。中大通教入学前、他大学の通信課程で科目履修生として司書教諭の資格を取ったのですが、そこで働きながら新たな知識を学べる通信制大学の魅力に気付きました。学校現場は各種報道にあるように様々な問題を抱えており、自分自身も上手くいかない思いを抱える中、法律を学ぶことで何か見えてくるものがあるのではないかと思ったことが主な動機です。また、法律学習を通じて論理的な思考、表現力を身につけることで、授業にも生かせる部分があるのではないかとも思いました。
 中大通教を選んだのは、やはり法律といえば中央というイメージがあり、信頼感が大きかったこと、また短期間での学修は難しいという見通しの中で、基本的な在籍にかかる費用が安く、期間を気にせず自分のペースで学んでいけそうだと思ったことなどが理由でした。

レポート学習・スクーリング受講に取り組まれた感想を教えてください。

裁判所

法曹論のオンデマンドスクーリング内で勧めて頂いたことをきっかけに、時間を見つけて裁判の傍聴にも通いました

 レポートは、とにかく論理的に厳しく評価いただく、という印象でした。やみくもに厳しいというのではなく、時には自分の書いた文章よりも長文なのではないかと思うほどビッシリと書き込まれたコメントを見て、評価とはこのように「どこが至らない点で、どのように改善すればいいのか」を説明する責任があるということも改めて学ばせて頂きました。一通一通が真剣試合に臨むような気持ちでしたね。
 スクーリングについては、子供がまだ小さいこともあり、前乗りを含めれば3泊を要する対面スクーリングにはついに参加できなかったことが残念でしたが、オンデマンド、オンラインで学ぶことができました。先生とのコミュニケーションに制約がある中でも、時には先生方の思いなどが語られることもあり(只木誠先生の少年事件に対する語りや、森光先生のドイツからのライブ配信などが印象に残っています)、興味深く学ぶことができました。
 連泊での東京行きは難しかったですが、近隣の学生会支部(宮城支部)に参加させて頂き、中央大学ゆかりの大学の先生の講義を受講したり、刑務所見学など様々な活動をすることができました。

レポートはどのくらいのペースで作成、提出していましたか?また、平均的な学習時間を教えてください。

レポートに押された風景印

風景印をお願いすることもありました

 手元にある返却済みレポートを数えたら96通ありました。在籍5年のうち、前半はあまり出せなかった上に再提出が多く、たくさん書いたという印象がある後半で月に2通程度ということになるでしょうか。同時に複数の科目のことを扱うのは苦手なので、ある教科について2ヶ月くらい読んだり書いたりし、その過程で良さそうな参考図書を知れば近隣の大学図書館に借りに行ったりと、思い返してみると、学習に慣れてきた頃からのそうした日々は充実感がありました。とはいえ常にサクサクとレポートに取り掛かれるわけではなく、なかなか書き始められない時はとりあえず「1.◯◯の××について述べる」とレポート課題を引き写して項目を立てたり、レポート表紙を4課題分作成しておいたりと、取り組むことから離れないように心掛けていました。
 平均的な学習時間は、1日1時間は取れていなかったのではないかと思います。子供達が起きている時間にはほぼ学習は不可能なので(早朝にレポートの最後の参考文献を書いていて「今日送れば金曜までに届く!」と思っているときに子供の足音が聞こえ「ああ、発送は1週間遅れだ・・」と苦笑することも度々でした)、早朝か就寝前にレポート作成やオンデマンドスクーリング受講、あとはちょっとした時間にインプットという感じでした。

スクーリングの受講科目や科目試験の日程など、スケジュールはどのように決めていましたか?

 スクーリングは、オンラインであれば日程が合うか、受講できる場所の確保といった条件をもとに選んでいました。どちらかといえば応用的な科目を中心に受講していたように思います。
 科目試験は一定程度試験勉強をしないと受からないという実感があり、レポート4通が通ってから少し時間をおいて受けるようにしていました。私の住む県では試験は開催されていなかったので、開催地によっては1時限目に間に合わないこともあり、交通機関の確認からでした。また、子供や自分自身の体調不良でキャンセルになることも度々で、とりあえず受ける可能性のある科目を両日とも申し込んでおき、土曜がダメになったら日曜、と行けるようにしたりしていました。

お仕事をされながら、学習を両立させる上で、心掛けた事などありましたら教えてください。

本によりそう文鎮

通教noteで紹介されていた「本に寄り添う文鎮」役に立ちました。

 仕事、家事育児、学習と三足のワラジのような状況でしたが、仕事に関しては管理職にできることとできないことを伝え、生活時間との切り分けがある程度できていました(法律を持ち出すことはありませんでしたが、これも法律学習の成果です)。一方、家庭生活との兼ね合いでは、家族は理解し協力してくれてはいましたが、子供はまだ小さく、学習時間を作るのは至難の業でした。それでも何とか学習できるようにするため、中大通教をはじめさまざまなところで学ばれている社会人学生の体験談などを参考にしました。「どんなに慌ただしい日でも、1分、1ページでも学習に向き合う時間を作る」「空いた時間を無駄にしない。10分の積み重ねが大きな成果を生む」「通信教育はプレッシャーをかけてくれる人はいない。自分が学生であることを忘れないようにする」・・などなど、どこまで実践できたかわかりませんが、何とか卒業まで辿り着くことができました。

本課程で学ばれている中で、最も困難であった事は何ですか?
その時のエピソードを聞かせてください。

法学関連の施設を見学に行ったりもしました。我妻栄記念館(米沢市)

法学関連の施設を見学に行ったりもしました。我妻栄記念館(米沢市)

 困難な出来事として最もインパクトがあったのは、ある回の科目試験で「4科目全滅」を喫したことです。上記のように会場が遠いので、受験した科目が全て不合格というのは余計に挫折感が大きかったですね。しかし、わかっていない、書けていないという実感があってのその評価なのです。試験会場で書いている最中に既に評価は見えているような感じでした。結果を受けて勉強方法を見直し、インプット中心だったのをアウトプットの比率を高めるようにしました。過去問の演習くらいはそれ以前にもやっていたのですが、判例集の要約などもやってみるようにした結果、試験の通過率も上がり、評価も少し高めに頂けるようになったように思います。中大通教在籍を通じて評価が不可解だと感じたことはなく、常に厳格かつ適正に評価頂いているという信頼感があり、高い評価を頂けた時は純粋に嬉しかったです。
 また、入学したのがコロナ禍の最中で、学生会支部も集まりをストップしているような時期で学習仲間がおらず、ちょっとしたことを聞いたりすることができないことにも困難さを感じたことがありました。この時期は通学生の学生さんも同じ状況だったかもしれませんが、どういった参考書や学習方法が良いかとか、レポートをまとめるコツとか、早い時期に聞ける相手がいれば導入がスムーズだったかもしれないと思います。学生会支部はその部分を補える場だといえますので、これから学習を始める皆さんにも積極的に活用してもらえればと願っています。

中大通教で体系的に法律を学んだことで、ご自身に変化はありましたか?また、お仕事で活かされた場面はありましたか?

刑事施設の見学(学生会支部で内部見学した刑務所とは別です)

刑事施設の見学(学生会支部で内部見学した刑務所とは別です)

 この歳になって、根本的な部分から考え方が変わるという体験をしたことは、衝撃的でもありました。たとえば憲法の説く不戦や諸権利について、従来私は「理想に過ぎず、現実から乖離している」という形で懐疑的な見方をしていました。しかし、法学を学ぶにつれ、憲法上の基本的人権をはじめとした諸権利は、歴史の中で民衆が勝ち取ったり、戦争をはじめとする悲劇的な事件の教訓から盛り込まれたりしてきたという流れを学習し、その価値は子供たちの世代にも伝えて行かなければならないものだと思うようになりました。そうした理念の根幹に関わる部分もそうですし、もっと身近な問題である働き方の問題にせよ、校則のような問題にせよ、人権を土台にしないと話が始まらないということも学習する中で思うようになったことです。
 また、法律の世界、特に争訟となるような事柄においては、杓子定規に法を当てはめているというようなことはなく、移り変わる社会の中でそれと法をどのように対応させていくかという営みが日々行われているのだという気付きを得、そこに参加するには、自分自身にも哲学のようなものが求められるということも学びました。
 仕事に関しても、行政法、知的財産法、労働法などに関係する事柄が多々あるということを考えるようになりました。ただ、学校は法務部のような分掌がある組織と違い、法的事項について問題点を指摘するには、資格の裏付けがなければ説得力を欠くということも思うようになりました。

今後の夢や目標を教えてください。

 5年前、通信教育部に提出した志望理由書には「スクールロイヤーというような道も考えてみたい」と末尾に付け加えるように書いた記憶があります。当時ははっきりその道を目指していたというわけではなかったように思いますが、学んだことを実地に応用し行動するためには、法的知識の裏付けとなる資格が必要であると思うようになり、明確に法曹の道を目指そうと思うようになりました。
 どのような道筋を辿るかはまだ模索中ですが、中大通教入学当時は雲の向こうに山の頂だけが見えていたものが、中大通教を卒業した今は、雲が晴れて頂上に至るいくつかの道がくっきりと見えているような思いでいます。遠い道のりであることには変わりありませんが、卒業式の後、懇親の場でのご挨拶で遠藤研一郎先生がおっしゃっていた「才能ある人とは、日々努力する人のこと」という言葉を励みに一歩ずつ歩んで行きたいと思っています。

入学を検討している方にメッセージをお願いします。

 現在の通信教育部のHPには「今、社会人にこそ法律を学んでほしい」という言葉があります。「社会を知り、様々な人生経験を積み、理不尽なことにも直面した人」こそ法学に向き合える、と続きますが、私もまさにそのように思って入学した一人でした。理不尽といっても「悪に対し法の裁きを!」というようなものではなく、「ちょっとこれおかしい」と感じるような、いわゆるモヤモヤ感のようなものはどこの職場、団体にもあるのではないでしょうか。私は中大通教での学びを通して、おかしいと思ったことを、どこがおかしいのか言語化することができるようになったと考えています。中大通教での学びは楽しくも厳しいものですが、法的な思考を通して生き方に自由をもたらしてくれるはずです。